待ち合わせの場所である駅前に着いた不二が時計を見ると、約束の時間の30分も前だった。
 「やっぱり早く来すぎたみたいだな・・・」
苦笑して空を見上げれば、今日の天気の良さを約束してくれるようなさわやかな青空が広がっている。
その青さに不二は目を細め軽く深呼吸した。

話は昨日へと遡る・・・

 
 「じゃ、明日、駅前で待ってるっす。」
いつも別れる交差点で不意にそう言われ、何のことか分からず小首を傾げて傍らを見ると、ちょっと改まった顔をしてリョーマが不二を見ていた。
 「10時くらいでいいっすよね?」
 「え?」
 「・・・明日の話っすよ。」
 「・・・ああ。」
ようやく質問の意味を理解して不二は笑って頷く。
 「うん、いいよ、そのくらいで。」
 「じゃ、そういう事で。」
 「え・・・あ、ちょっと!」
そう言うと自分に背を向け、歩き出した彼を不二は戸惑ったように呼び止める。
 「・・・ウチへ来ないの??」
 「だって明日はデート、なんでしょ??」
振り返ったリョーマがじっと不二を見つめる。
 「どこ行くか考えないといけないじゃん。」
 「?僕の家で考えてもいいじゃない?」
 「・・・だってお預け、なんでしょ??」
そう言って拗ねたように口を尖らせるリョーマ。
 「あんたの傍にいてそれはちょっと辛いし、気が散ってそれどころじゃなくなりそうだからね。」
じゃ、明日・・・と言うだけ言ってそのまま行ってしまった彼の背中をちょっと寂しい思いをして見送ったのだったが・・・

 「・・・ちょっと難しい宿題だったかな?」
約束の時間を少し回ってしまった時計を見ながら不二は苦笑する。
どこへ行くかまだ考えてたりして・・・ね。
彼の飾り気のない性格からするとこういう事はひどく苦手なことなのだろうと思う。そして自分は彼のそんなところも決して嫌いではない。
 じゃあなぜ彼にそんな事をもちかけたのかと言えば・・・
 「やっぱ甘えたいって事なのかな・・・?」
そうひとりごち、不二はちょっと笑う。
付き合ってみてわかった事だが、彼の態度は周囲が思っているものよりかなりの幅がある。
クールだと言われているが、自分の前では年相応に感情を表すし、マイペースで素っ気無いと思われているが、かなり自分の意思を尊重してくれるし、その為に彼が自分を譲る事も珍しくない。
そしてその態度・・・特にその優しさは特別なもののようで、それがどうやら彼の愛猫と自分だけに向けられている事に気づいてからは、嬉しさに事あるごとに彼にもたれかかりたくなる自分がいて。

自分だけしか知らない彼の顔をもっと見たくて。
  そして自分がまだ知らない彼の顔をもっともっと見たくて。
  そのために言い出したわがままに彼は一体どんな一面を見せてくれるのだろう・・・

「あ・・・」
・・・約束の時間を10分も過ぎた頃、ようやく見慣れた姿を視界の端に見つけ不二は安心したように微笑んだ。
 「・・・自分から時間指定しておいて遅刻はないんじゃない?」
彼を見つけたのとほぼ同時に自分の姿を見つけ、早足にこちらへやってきたリョーマを不二は優しく睨むと、わざと拗ねたようにそう言う。
 「・・・ごめん・・・」
 「でも、今回は僕が言い出した事だから大目に見てあげるけど?」
少々バツが悪そうに謝ったリョーマに満足すると、不二はちょっと笑って小首を傾げる。
 「・・・で、今日はどうしようか??」
彼の事だ、考えがまとまっていないかもしれない。言い出した者の立場として助け舟を出すつもりでそう切り出すと、リョーマが何やら取り出した。
 「これ、手に入れたんだけど。」
 「?」
そう言って目の前に差し出された封筒を受け取った不二は中を見て軽く目を見開くと、そこに収まっていたチケットを引き出す。 
その仕草をじっと見ながらリョーマは次に言うべき言葉を考えていた。

こちらも話は昨日へと遡る・・・

 “デート、ね・・・”
不二と別れて自宅に向かう帰り道すがら、リョーマは先ほどの彼の言葉に思いを巡らせていた。
毎日がいっぱいいっぱいの上、彼と”恋人“という関係を結んでからは、二人きりになれる時間を作る事ばかり考えていて、そんな基本的なことを思う余裕すらなかった。
不二の提案は悪いものじゃない。普段見られない彼を見られるのは嬉しいし、楽しみでもある。でもそれを引き出すきっかけ作りをと言われると、およそそんな事に神経を使う柄じゃない自分は困惑が先に立つ。
 “どうしたらいいかな・・・”
突然降って湧いた難解な宿題。それに良い答えを見つけられないまま家へと着いてしまったリョーマは重い気分で靴を脱いでいると、その気配に気づいたのか、奥から軽やかなスリッパの音が近づいてきた。
 「・・・あら、リョーマさん?」
出てきたのは従姉妹の菜々子だった。靴を脱いでいるリョーマを意外そうに見つめて。
 「今日は先輩のお宅に泊まってくるって言ってませんでした?」
 「・・・予定変わったんだ。」
 「あら・・・」
リョーマの言葉に菜々子は小さく声を上げ、心配そうに眉を寄せる。
 「・・・何かあったんですか?」
 「え?」 
 「だって朝はあんなに楽しそうだったのに・・・もしかしてケンカでもしたんですか??」
 「・・・え?」
思いがけない従姉妹の言葉に目をしばたけば、従姉妹はますます心配そうにリョーマの顔を覗き込む。
 「だってものすごく深刻そうな顔、してますよ?」
 「・・・・・・」
そんな彼女の誤解を解こうといったんは口を開きかけたリョーマだったが、いちいち説明するのも面倒かとその口を噤み、そのまま階段を上りかける。
 「ねえ・・・」
その途中、ふっとある事を思いついたリョーマはその足を止め、階下の菜々子を見下ろした。
 「?何ですか??」
 「その・・・デートってどんなところに行くものなの??」
 「・・・あら?」
・・・彼女なら大学生だし、自分よりは色々な所を知っているだろう、そう思って何の気なしに切り出したのだが、菜々子が好奇心に満ちた瞳で自分を見上げてきたのを見て、リョーマは“しまった”と思った。
 「明日はデートなんですか?」
 「う・・・」
・・・案の定、興味津々といったような様子を見せ、そう聞いてきた従姉妹にリョーマは言葉に詰まるはめになって。
 「リョーマさんからそんな言葉を聞くのは初めてですね?相手はどんな方ですか??」
 「う・・・」
 「その方をデートにお誘いするのって初めてなんですよね?どんな風に誘ったんですか?」
 「・・・やっぱいいよ・・・」
楽しそうに、かつ嬉しそうに次々と質問してくる彼女に、誘われたのは自分の方だと言い出せずきまりが悪くなり、リョーマは曖昧に言葉を濁すとそのまま階段を上がろうとする。
 「あ、ちょっと待って!」
そんなリョーマを呼びとめておいて、奥にとって返した菜々子はほどなく白い封筒を手に戻ってきた。
 「はい、これ。」
 「?」
「頂き物なんですけど、ちょうどいい機会だからリョーマさんにあげます。」
差し出された封筒を受け取り、中を開けばそこには2枚のチケットが収まっている。
 「行く所に困っているんだったらそこに行ってみたらどうですか?」
 「え?でも・・・」
そう言っていつになく戸惑ったようなリョーマは可愛くて、とてもいつもからは想像がつかない彼の様子に菜々子の笑みが深くなる。
 「いいんです。リョーマさんのお役に立てれば。」 
 「・・・ありがと・・・」 
チケットと自分を見比べていたリョーマがこれまた意外にも素直に頭を下げたのに菜々子は軽く目を見開き、そして何かを思いついたようにいたずらっぽく笑った。
 「デートに誘うのは先輩って方?」
 「!」
 「やっぱり。」
不意を突かれぎょっとしたように自分を見たリョーマに菜々子は優しい笑みを浮かべる。
 「やっぱり・・・って、どういう事?」
 「リョーマさん、その先輩って方の事話す時、すごく楽しそうだし、嬉しそうなんですもの。」
あまり話してはくれないですけどね?そう言って菜々子はにっこりと笑う。
 「でも、どんな方かわからないけど、きっと素敵な方なんですね?リョーマさんが大切に思われている方ですもの。」
 「・・・・・」
思いがけない菜々子の言葉に柄にもなく動揺し、照れてしまい、あさっての方向を向いたリョーマに、彼女はその笑みを深くする。
 「でも、あまり悲しませたり、怒らせたりしたままじゃダメですよ?」
 「・・・え?」
 「大切な方なんでしょう?早く仲直りできるといいですね?」
 「・・・・・」

・・・従姉妹の誤解を解くにはあまりにも照れくさくて、そのままうやむやにしてしまったが、その代償たるものは恋人の手元にある。
あれからずっと自分なりに考えたけれど、これといったものも思いつかず、なかなか寝付けなかった上、結局寝坊してしまいここまで来てしまった。

 「そこ行くのが嫌なら他、考えるけど?」
菜々子のチケットがなかったら言い訳にもならないところだったな、と考えつつ、それを見ている不二の横顔にさりげなく、しかし少しばかり緊張しながらリョーマはそう切り出し、恋人の反応を伺った。